して見てゐると眼の下の骨が見えるよ。」
「気が附いた? ――私お父さんにぶたれ通しだもの。それに赤ちやんが出来ると瘠《や》せるものなのよ。」
「ちつとも嬉《うれ》しい気持なんかしないの?」
「なぜ嬉しいの?」
「僕はその赤ん坊をどうしても陸の子にしてやらうと思ふんだよ。陸の子には僕たちの知らない色んな珍らしい物や事があるにきまつてるもの。僕たちの赤ん坊はきつと思ひがけない幸福に出逢《であ》ふ様な気がするんだよ。」
「………………」
「なぜ黙てゐるの。――おや! 立つてこつちへ来てご覧よ。垣根の間から立派なお邸《やしき》が見えるよ。さつき赤ん坊の欷《な》いてゐたお邸《やしき》だ。たくさん燈《あか》りがついてゐる。随分ひろびろしたお庭だ。もう赤ん坊は欷いてゐない。きつとお乳を呑《の》んでゐるんだね。」
「何もこんな立派なお邸でなくつてもいいんだよ。陸の上でさへあれば。」
「私こんな気がする。赤ちやんが生まれないさきに私はきつと殺されてしまふ。いぢめ殺されてしまふ。」
「逃げよう。陸《おか》へ逃げて隠れてゐよう。」
「それが出来ると思つて? 私の叔父《おじ》さんを知つてるわね。あの叔父さんが
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