だつたさうである。
A氏はこの話をして、「全く独り言でもうつかりした事は言へないものだ」と感慨ぶかさうに繰り返すのだつたが、これを聞いてゐた日本人のB(これは僕の友人で、対蘇《たいソ》貿易に従事してゐる或る会社に勤めてゐる。僕はこのBの口からこれらの挿話を又聞きに聞いたのである――)も、頗《すこぶ》るこの話に興味をそそられた。で或る時、これも北鉄のことで滞京してゐる技師Cにその話をし、君も何か面白い話の種を持つてゐないかねと尋ねた。するとモスクヴァつ児《こ》であるC技師は、にやりと一笑して、次のやうな譬喩《ひゆ》を以て答へた。
……ウクライナのさるところに猟の名手がゐた。あるとき虎狩りに出かけて行つて、かういふ土産《みやげ》話をした。
僕がさる淋《さび》しい谷間に辿《たど》りついて、ふと前方を見ると、遥か彼方《かなた》の丘の蔭から何と虎の頭がのぞいてゐるぢやないか。僕は勇躍|狙《ねら》ひをさだめ、ずどんと一発ぶつ放した。勿論《もちろん》みごとに命中して、虎の頭はがくりと落ちて見えなくなつた。仕澄ましたりと僕は歩み寄る。と何歩も行かぬうちに、又してものそりと虎が頭を出した。はて
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