ぶきやま》に五十町四方の地を拓《ひら》いて薬草園となし、本国より三千種の種苗《しゅびょう》を取寄せてこれに植うる。さて洛中《らくちゅう》洛外《らくがい》の非人乞食で大病難病を患《わず》らふ者を集め、風呂に入れて五体を浄《きよ》め、暖衣を与へて養生をさするに、癩瘡《らいそう》なんどの業病《ごうびょう》も忽《たちま》ちに全快せぬはない。その噂《うわさ》を聞き伝へ、近隣諸国の人々貧富|貴賤《きせん》の別《わ》かちなく南蛮寺に群集し、且《か》つは説教を聴聞《ちょうもん》し、且つは投薬の恵みにあづかる。何がさて南蛮キリシタン国は広大|富貴《ふうき》の国なれば、投薬の報謝、門徒の布施は一せつ受けぬ。却《かえ》つて宗門に帰依《きえ》する者には、毎日一人あて米一|升《しょう》、銀八分をば加配する。されば忽ちに愚民の甘心を……」
「愚民とは何だ、人民と言へ!」と、ここで初めて野次《やじ》が飛ぶ。
弁士はさつと鼻白《はなじろ》んで、暫《しばら》く絶句した。そのすきに聴衆がざわつきだす。
「どうも論旨《ろんし》が、少々唯心論的ぢやありませんかな」と、隣の男がその連れに話しかける。若い教員風の男である。
「
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