心を買はうとの魂胆ぢや。さるにても、むざとその手に乗せられた信長公こそ稀代《きたい》のうつけ者。すなはち京都|四条坊門《しじょうぼうもん》に四町四方の地を寄進なつて、南蛮寺の建立を差許さるる。堂宇《どうう》は七宝《しっぽう》の瓔珞《ようらく》、金襴《きんらん》の幡《はた》、錦《にしき》の天蓋《てんがい》に荘厳をつくし、六十一種の名香は門外に溢《あふ》れて行人《こうじん》の鼻をば打つ。さればウルガン伴天連《バテレン》、とても一人では弘法力に及ばずとて、更に本国より呼寄せたるは、フラテン伴天連、ケリコリ伊留満《イルマン》。ヤリイス伊留満。この三人もやがて信長公に目通りする。献上の品々、さきの例《ため》しに劣りがない。……」
 弁士はちよつと言葉を切つて、また探るやうな目で聴衆を見まはした。別に不穏な空気もない様子に、気をよくしたらしく、
「されば南蛮キリシタン宗は」と、一段とさはやかな調子で先をつづけた。「一気に繁昌《はんじょう》に赴《おもむ》いたが、もとより普《あま》ねく病難貧苦を救うて現安後楽の願ひを成就《じょうじゅ》せんとの宗旨《しゅうし》であれば、やがて江州《ごうしゅう》伊吹山《い
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