の時、まるで私の袂《たもと》をぐいと引戻しでもするやうに、弁士がいきなり黄色い声を張りあげて、
「よいかな、お立会」と叫んだ。
 これはまた、意外の呼びかけを聞くものである。そこらの新興宗教と違つて、ガマの油でも売り出すのかも知れん。そんなら久しぶりで一見の価値がある。私は人垣のうしろに立つた。
 人垣といつても大した人数ではない。せいぜい十二、三人ほどだが、みんな相当のインテリらしい人品《じんぴん》である。アロハの兄ちやんや闇屋風の者は一人もゐない。買物|籠《かご》をさげた主婦の姿もない。むづかしい顔をして熱心に聞いてゐる。客種から察するところ、新興宗教だとしても、よほど高級な一派と見える。
「よいかな、お立会」と、弁士はもう一ぺん言つて、射抜くやうな目つきで聴衆を睨《ね》めまはした。
「ここが肝腎かなめな所ぢや。されば信長公の招きを受けたウルガン伴天連《バテレン》(おや、またウルガンが現はれたぞ!)弘法《こうぼう》の好機ござんなれと喜び勇《いさ》んで京を指して上《のぼ》つたが、そのとき摂州《せっしゅう》住吉の社《やしろ》、たちまち鳴動して、松樹六十六本が顛倒《てんとう》に及んだぞ。
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