やをら立上つて、もと来た道を引返した。
 私が再びエケレジヤの前に差しかかつたとき、知人H君のお嬢さんが友だち二三と腕を組んで出て来て、出会ひがしらに私に挨拶《あいさつ》した。私が修道院の所在をたづねると、すぐ隣に聳《そび》える二階建の宏壮な日本家屋を指さして見せた。瓦葺《かわらぶ》きの大きな門はしまつてゐたが、丁度《ちょうど》その時くぐりがカタリとあいて、一人の老神父が出て来た。お嬢さんたちと立話をしてゐる私を、その父兄とでも思つたのだらうか、神父はにこやかに私に会釈をしたので、私もあわてて礼を返す拍子に、ふとかのウルガン伴天連《バテレン》の風貌《ふうぼう》を思ひ浮べた。
 ウルガン伴天連といふのは、信長の好意をかち得て、京都に南蛮寺を建立したイタリアの傑僧である。その風貌を或る古書は伝へて「其長《ソノタケ》九尺余、胴ヨリ頭小サク、面《オモテ》赤ク眼丸クシテ鼻高ク、傍ヲ見ル時ハ肩ヲ摺《コス》リ、口広クシテ耳ニ及ビ、歯ハ馬ノ歯ノ如《ゴト》ク雪ヨリモ白シ、爪《ツメ》ハ熊ノ手足ニ似タリ、髪ハ鼠《ネズミ》色ニシテ……」云々《うんぬん》と記してゐる。私は何も今しがた出会つた老神父が、右のやうな
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