なかの、そなた自身の役割を実際にしたのは、確かこの柏翁であつたはずぢやの。……なつかしや梅庵、いやさ不干《ふかん》ハビアン。」
梅庵はよろよろつとした。復員服があわててそれを支へる。聴衆の中でぶつぶつ呟《つぶや》き声が起る。柏翁と名乗る僧は、悠然と先をつづける。
「なうハビアン、思へばそなたは哀《かな》しい男ぢや。そなたはもと、恵春というて禅門の僧であつたものを、はからずも癩瘡《らいそう》を病んで膿血《うみち》五臓にあふれ、門徒の附合も叶《かな》はず、真葛《まくず》ヶ|原《はら》で乞食をして年を経たところを、南蛮宗ウルガン和尚の手に救はれ、懇《ねんご》ろな投薬加療その験あつて忽《たちま》ち五体は清浄となる。その恩に感じて南蛮キリシタン宗に帰依《きえ》し、ハビアンと名を改め、カテキスタ(同宿)として天晴《あっぱ》れ才学を謳《うた》はれたも束の間、一朝にして己れがインテリゲンシヤに溺《おぼ》れ、増長慢《ぞうちょうまん》に鼻をふくらし、恩顧の宗門に弓を引いて『破デウス』の一書を著はす。その魂、救《すくい》を求むれども神仏儒蛮いづれにも安心を得ず。つひに(と、ここで柏翁は幟《のぼり》の文字を
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