さやう、どうもあの幟《のぼり》にあるRといふ字が臭いですよ」と応じたのは、鼻|眼鏡《めがね》をかけた学者ふうの紳士で、「はじめは Radical《ラジカル》 か、それとも Revolutia《レヴォルシヤ》 の意味かなと思つて、こりや面白さうだと期待したんですがね、どうやらあれは、Reaction《レアクション》 の意味なのかも知れんですな。」
そのうちに、弁士がまた喋《しゃべ》りだした。シッと制する声が起る。二人は黙つた。
「……これは失言、おわびを申します。さてその人民どもを誑《たぶ》らかす邪法の方便は、まだまだそれだけではない。手拭《てぬぐい》を以て馬と見せ、砂塵《さじん》を投げて鳥となし、爪《つめ》より火を出してタバコを吸ひ、虚空《こくう》を飛行し地に隠れ、火の粉を降らして沃土《ようど》を現じ、その他さまざまの幻術を使ふ。……」
「そんなことで人民は騙《だま》されないぞ!」
「同感、同感!」
だいぶ不穏な形勢に、弁士は些《いささ》かあわて気味で、片手を振りふり早口になつた。
「されば、されば先《ま》づ聞かれい。もとより人民も騙されなんだが、信長公もさすが不審と思召《おぼしめ》され、南蛮宗と仏門の宗論をさせんと思ひ立たれた。その時の南蛮宗の論師は、学僧フルコム伴天連。まつた仏門の論師は、かく申す愚僧梅庵。安土城の大広間において、舌端《ぜったん》火を吐いて渡りあつたる一条は……」
聴衆はシンとなつた。話が俄然《がぜん》、立廻《たちまわ》り模様になつたからである。弁士は北叟笑《ほくそえ》んで、
「愚僧問ふ―『それ仏僧は乞食|托鉢《たくはつ》を旨《むね》とする。喜捨の人はその功徳《くどく》によつて仏果を得る。然《しか》るに南蛮宗は一切の施物《せもつ》を受けず、却《かえ》つて之《これ》を施《ほどこ》して下民《げみん》……いや人民の甘心を買ひ、わが一党の邪魔をすること尤《もっと》も奇怪なり。その底意《そこい》は如何《いか》に?』フルコム答ふ―『わが南蛮四十二国、みなデウス如来《にょらい》を拝むによつて、苦患《くげん》なく乞食なく病者なし、なんぞ貧者を駆つて施物を集めんや。いま却つて我らが底意を忖度《そんたく》す。汝《なんじ》の心底こそいやしむべし。』愚僧また問ふ―『さらば既に苦患なし、何とて貴国に宗教はあるぞ?』フルコム答へて―『それは未だにジャボ(天狗)が住むゆ
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