けたらいいのだらうか。何も知らないのだ……おそらくそれの無限の繰返しなのではないのか。謎は深まるばかりだ。僕にとつて、彼は興奮を抑えながら「口ごもり口ごもり」いつまでも語りつづけるところの、永遠の現在なのかも知れない。
僕が辻野君と親しく交はりだしたのは、たしか一九三五年の春ごろ、辻野君が逗子へ移つて来てからのことだつた。最後に会つたのは、亡くなる年の夏、大森の女子医専の病院の一室に彼の病床を訪ねた時である。そこが彼の死の床になつた。ふだんから嗄れぎみで低かつた彼の声は、一そう嗄れて杜絶えがちで、ほとんど会話の体をなさなかつた。僕も言葉につまつて、蠅の唸りを聞いてゐた。ただ彼の眼だけが、相変らず挑むやうに燃えてゐた。その光を僕は忘れない。彼は又しても僕にとつて、永遠に燃えつづける現在なのである。金の十字架のやうに!……
さう書いて僕は愕然とする。ではこれが謎の本体であつたのか。謎とは、永遠に燃えつづける今といふことだつたのか。
逗子に暫くゐた辻野君は、やがて七里ヶ浜の姥ヶ谷に移り、それから鎌倉の犬懸ヶ谷の入口に移つて来た。僕の家とはますます近くなつたわけである。この最後の家には、
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