時代から晩年に至るまで、終始かわらぬ西ヨーロッパ的知性の確固たる信奉者《しんぽうしゃ》――いわゆる西欧派《せいおうは》であったのです。彼はこの西欧派的な開かれた眼《め》をもって、ロシアの現実の蒙昧《もうまい》と暗愚《あんぐ》と暴圧とを、残る隈《くま》なく見きわめ見通し、そこに絶望と期待とが微妙に混り合った彼独特の詩的リアリズムの世界が展開されたのでした。
こういうふうに眺《なが》めてくると、ツルゲーネフの憂愁なるものの性質も、またその憂愁にもかかわらず彼が終生変らぬ毅然《きぜん》たる進歩的信念の持主であった所以《ゆえん》も、ほぼうなずかれるはずですが、なおその上にもう一つ、彼の詩的人生観に一層の深まりや柔軟《じゅうなん》な屈折《くっせつ》を与《あた》えたものとして、彼の生れや育ちの事情も忘れてはなりますまい。イヴァン・セルゲーヴィチ・ツルゲーネフ(I. S. Turgenev)は、一八一八年の秋、モスクワ南方の母方の領地で生れました。つまりロシア社会史の推移の上から見ると、あたかも地主貴族文化がようやく崩壊《ほうかい》し始めた時期に、彼は最も大切な精神の形成期を、ほかならぬ貴族の子弟
前へ
次へ
全6ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング