又《また》奈何《どう》する事《こと》も出來《でき》ぬので有《あ》つた。
 代診《だいしん》のセルゲイ、セルゲヰチは、毎《いつ》も控所《ひかへじよ》に院長《ゐんちやう》の出《で》て來《く》るのを待《ま》つてゐる。此《こ》の代診《だいしん》は脊《せ》の小《ちひ》さい、丸《まる》く肥《ふと》つた男《をとこ》、頬髯《ほゝひげ》を綺麗《きれい》に剃《そ》つて、丸《まる》い顏《かほ》は毎《いつ》も好《よ》く洗《あら》はれてゐて、其《そ》の氣取《きど》つた樣子《やうす》で、新《あたら》しいゆつとり[#「ゆつとり」に傍点]した衣服《いふく》を着《つ》け、白《しろ》の襟飾《えりかざり》をした所《ところ》は、全然《まる》で代診《だいしん》のやうではなく、元老議員《げんらうぎゐん》とでも言《い》ひたいやうである。彼《かれ》は町《まち》に澤山《たくさん》の病家《びやうか》の顧主《とくい》を持《も》つてゐる。で、彼《かれ》は自分《じぶん》を心窃《こゝろひそか》に院長《ゐんちやう》より遙《はるか》に實際《じつさい》に於《おい》て、經驗《けいけん》に積《つ》んでゐるものと認《みと》めてゐた。何《なん》となれば院長《
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