猶太人《ジウ》のモイセイカであるが、右《みぎ》の方《はう》にゐる者《もの》は、全然《まるきり》意味《いみ》の無《な》い顏《かほ》をしてゐる、油切《あぶらぎ》つて、眞圓《まんまる》い農夫《のうふ》、疾《と》うから、思慮《しりよ》も、感覺《かんかく》も皆無《かいむ》になつて、動《うご》きもせぬ大食《おほぐ》ひな、不汚《ふけつ》極《きはま》る動物《どうぶつ》で、始終《しゞゆう》鼻《はな》を突《つ》くやうな、胸《むね》の惡《わる》くなる臭氣《しうき》を放《はな》つてゐる。
 彼《かれ》の身《み》の周《まは》りを掃除《さうぢ》するニキタは、其度《そのたび》に例《れい》の鐵拳《てつけん》を振《ふる》つては、力《ちから》の限《かぎ》り彼《かれ》を打《う》つのであるが、此《こ》の鈍《にぶ》き動物《どうぶつ》は、音《ね》をも立《た》てず、動《うご》きをもせず、眼《め》の色《いろ》にも何《なん》の感《かん》じをも現《あら》はさぬ。唯《たゞ》重《おも》い樽《たる》のやうに、少《すこ》し蹌踉《よろけ》るのは見《み》るのも氣味《きみ》が惡《わる》い位《くらゐ》。
 六|號室《がうしつ》の第《だい》五|番目《ばん
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