今更《いまさら》考《かんが》へれば旅行《りよかう》に由《よ》りて、無慘々々《むざ/\》と惜《あた》ら千|圓《ゑん》を費《つか》ひ棄《す》てたのは奈何《いか》にも殘念《ざんねん》。酒店《さかや》には麥酒《ビール》の拂《はらひ》が三十二|圓《ゑん》も滯《とゞこほ》る、家賃《やちん》とても其通《そのとほ》り、ダリユシカは密《ひそか》に古服《ふるふく》やら、書物《しよもつ》などを賣《う》つてゐる。此際《このさい》彼《か》の千|圓《ゑん》でも有《あ》つたなら、甚麼《どんな》に役《やく》に立《た》つ事《こと》かと。
 彼《かれ》は又《また》恁《かゝ》る位置《ゐち》になつてからも、人《ひと》が自分《じぶん》を抛棄《うつちや》つては置《お》いて呉《く》れぬのが、却《かへ》つて迷惑《めいわく》で殘念《ざんねん》で有《あ》つた。ハヾトフは折々《をり/\》病氣《びやうき》の同僚《どうれう》を訪問《はうもん》するのは、自分《じぶん》の義務《ぎむ》で有《あ》るかのやうに、彼《かれ》の所《ところ》に蒼蠅《うるさ》く來《く》る。彼《かれ》はハヾトフが嫌《いや》でならぬ。其滿足《そのまんぞく》な顏《かほ》、人《ひと》
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