トリチの聲《こゑ》。
『現實《げんじつ》と云《い》ふ事《こと》は全《まつた》く貴方《あなた》には解《わか》らんのです、貴方《あなた》は未嘗《いまだかつ》て苦《くるし》んだ事《こと》は無《な》いのですから。然《しか》し私《わたくし》は生《うま》れた其日《そのひ》より今日迄《こんにちまで》、絶《た》えず苦痛《くつう》を嘗《な》めてゐるのです、其故《それゆゑ》私《わたくし》は自分《じぶん》を貴方《あなた》よりも高《たか》いもの、萬事《ばんじ》に於《おい》て、より多《おほ》く精通《せいつう》してゐるものと認《みと》めて居《を》るです。ですから貴方《あなた》が私《わたくし》に教《をし》へると云《い》ふ場合《ばあひ》で無《な》いのです。』
『私《わたくし》は何《なに》も貴方《あなた》を自分《じぶん》の信仰《しんかう》に向《むか》はせやうと云《い》ふ權利《けんり》を主張《しゆちやう》はせんのです。』院長《ゐんちやう》は自分《じぶん》を解《わか》つて呉《く》れ人《て》の無《な》いので、さも殘念《ざんねん》と云《い》ふやうに。『然云《さうい》ふ譯《わけ》では無《な》いのです、其《そ》れは貴方《あなた》が
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