いてある珍《めづ》らしい事《こと》、現今《げんこん》は恁云《かうい》ふ思想《しさう》の潮流《てうりう》が認《みと》められるとかと話《はなし》を進《すゝ》めたが、イワン、デミトリチは頗《すこぶ》る注意《ちゆうい》して聞《き》いてゐた。が忽《たちま》ち、何《なに》か恐《おそろ》しい事《こと》でも急《きふ》に思《おも》ひ出《だ》したかのやうに、彼《かれ》は頭《かしら》を抱《かゝ》へるなり、院長《ゐんちやう》の方《はう》へくるりと背《せ》を向《む》けて、寐臺《ねだい》の上《うへ》に横《よこ》になつた。
『奈何《どう》かしましたか?』と、院長《ゐんちやう》は問ふ。
『もう貴方《あなた》には一|言《ごん》だつて口《くち》は開《き》きません。』
 イワン、デミトリチは素氣《そつけ》なく云《い》ふ。『私《わたくし》に管《かま》はんで下《くだ》さい!』
『奈何《どう》したのです?』
『管《かま》はんで下《くだ》さいと云《い》つたら管《かま》はんで下《くだ》さい、チヨツ、誰《だれ》が那樣者《そんなもの》と口《くち》を開《き》くものか。』
 院長《ゐんちやう》は肩《かた》を縮《ちゞ》めて溜息《ためいき》をし
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