う》さへ烈《はげ》しくなつて來《く》る。と云《い》つて、出《で》て行《い》つて呉《く》れ、默《だま》つてゐて呉《く》れとは彼《かれ》には言《い》はれぬので、凝《じつ》と辛抱《しんばう》してゐる辛《つら》さは一|倍《ばい》である。所《ところ》が仕合《しあはせ》にもミハイル、アウエリヤヌヰチの方《はう》が、此度《こんど》は宿《やど》に引込《ひつこ》んでゐるのが、とうとう退屈《たいくつ》になつて來《き》て、中食後《ちゆうじきご》には散歩《さんぽ》にと出掛《でか》けて行《い》つた。
アンドレイ、エヒミチはやつと[#「やつと」に傍点]一人《ひとり》になつて、長椅子《ながいす》の上《うへ》にのろ[#「のろ」に傍点]/\と落着《おちつ》いて横《よこ》になる。室内《しつない》に自分《じぶん》唯一人《たゞひとり》、と意識《いしき》するのは如何《いか》に愉快《ゆくわい》で有《あ》つたらう。眞實《しんじつ》の幸福《かうふく》は實《じつ》に一人《ひとり》でなければ得《う》べからざるもので有《あ》ると、つく/″\思《おも》ふた。而《さう》して彼《かれ》は此頃《このごろ》見《み》たり、聞《き》いたりした事《こと》を考《かんが》へやうと思《おも》ふたが、如何《どう》したものか猶且《やはり》、ミハイル、アウエリヤヌヰチが頭《あたま》から離《はな》れぬので有《あ》つた。
其《そ》の後《のち》は彼《かれ》は少《すこ》しも外出《ぐわいしゆつ》せず、宿《やど》に計《ばか》り引込《ひつこ》んでゐた。
友《とも》は態々《わざ/\》休暇《きうか》を取《と》つて、恁《か》く自分《じぶん》と共《とも》に出發《しゆつぱつ》したのでは無《な》いか。深《ふか》き友情《いうじやう》によつてゞは無《な》いか、親切《しんせつ》なのでは無《な》いか。然《しか》し實《じつ》に是程《これほど》有難迷惑《ありがためいわく》の事《こと》が又《また》と有《あ》らうか。降參《かうさん》だ、眞平《まつぴら》だ。とは云《い》へ、彼《かれ》に惡意《あくい》が有《あ》るのでは無《な》い。と、ドクトルは更《さら》に又《また》沁々《しみ/″\》と思《おも》ふたので有《あ》つた。
ペテルブルグに行《い》つてからもドクトルは猶且《やはり》同樣《どうやう》、宿《やど》にのみ引籠《ひきこも》つて外《そと》へは出《で》ず、一|日《にち》長椅子《ながいす》の上《うへ》に横《よこ》になり、麥酒《ビール》を呑《の》む時《とき》に丈《だ》け起《おき》る。
ミハイル、アウエリヤヌヰチは、始終《しゞゆう》ワルシヤワへ早《はや》く行《ゆ》かうと計《ばか》り云《い》ふてゐる。
『然《しか》し君《きみ》、私《わたし》は何《なに》もワルシヤワへ行《ゆ》く必要《ひつえう》は無《な》いのだから、君《きみ》一人《ひとり》で行《ゆ》き給《たま》へ、而《さう》して私《わたし》を何卒《どうぞ》先《さき》に故郷《こきやう》に歸《かへ》して下《くだ》さい。』アンドレイ、エヒミチは哀願《あいぐわん》するやうに云《い》ふた。
『飛《とん》だ事《こと》さ。』と、ミハイル、アウエリヤヌヰチは聽入《きゝい》れぬ。『ワルシヤワこそ君《きみ》に見《み》せにやならん、僕《ぼく》が五|年《ねん》の幸福《かうふく》な生涯《しやうがい》を送《おく》つた所《ところ》だ。』
アンドレイ、エヒミチは例《れい》の氣質《きしつ》で、其《そ》れでもとは云《い》ひ兼《か》ね、遂《つひ》に又《また》嫌々《いや/\》ながらワルシヤワにも行《い》つた。其處《そこ》でも彼《かれ》は宿《やど》から出《で》ずに、終日《しゆうじつ》相變《あひかは》らず長椅子《ながいす》の上《うへ》に轉《ころ》がり、相變《あひかは》らず友《とも》の擧動《きよどう》に愛想《あいさう》を盡《つ》かしてゐる。ミハイル、アウエリヤヌヰチは一人《ひとり》して元氣可《げんきよ》く、朝《あさ》から晩迄《ばんまで》町《まち》を遊《あそ》び歩《ある》き、舊友《きういう》を尋《たづ》ね廻《まは》り、宿《やど》には數度《すうど》も歸《かへ》らぬ夜《よ》が有《あ》つた位《くらゐ》。と、或朝《あるあさ》早《はや》く非常《ひじやう》に興奮《こうふん》した樣子《やうす》で、眞赤《まつか》な顏《かほ》をし、髮《かみ》も茫々《ばう/\》として宿《やど》に歸《かへ》つて來《き》た。而《さう》して何《なに》か獨語《ひとりごと》しながら、室内《しつない》を隅《すみ》から隅《すみ》へと急《いそ》いで歩《ある》く。
『名譽《めいよ》は大事《だいじ》だ。』
『然《さ》うだ名譽《めいよ》が大切《たいせつ》だ。全體《ぜんたい》這麼町《こんなまち》に足《あし》を踏込《ふみこ》んだのが間違《まちが》ひだつた。』と、彼《かれ》は更《さら》にドクトルに向《むか》つて云《
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