にこのひとが、あの行きずりの見知らぬ女であってくれたらさぞよかろうと思った。……ところが彼女は、ふとその時なにかお世辞笑いをしはじめて、よく通った長い鼻すじに皺を寄せた途端に、彼にはその鼻の恰好がいかにも時代おくれのような気がして来た。そこで彼は視線を転じて、黒い衣裳をつけた金髪令嬢を眺めはじめた。これは今の令嬢に比べて年も若く、態度もさらりと眼つきも純真で、鬢の毛をちょっぴり垂らしているところがとても可愛らしくて、おまけに、ひどく綺麗な口つきで葡萄酒のグラスを味わっていた。リャボーヴィチは今度は、この娘がそうだったらさぞよかろうと思った。けれども間もなく彼は、彼女の顔が平べったいことに気がついて、その隣りの女に眼を移した。
『この当て物はなかなか骨だわい』と彼は、空想を逞しゅうしながら考えるのだった。『あの藤色の娘から肩と腕だけを頂戴して、金髪娘の鬢の毛をくっつけ、眼はロブィトコの左に坐っている娘さんのを拝借する、そうすると……』
 彼の心の中でこんな組み合せを作ってみると、自分に接吻した娘の面影、彼のあらまほしいと思う面影がまんまと出来あがりはしたものの、さてずらりと見渡したところ
前へ 次へ
全48ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
チェーホフ アントン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング