、席上にはさっぱり見当らなかった。……
 夜食がすむと、満腹した上ほろ酔い機嫌になった客たちは、暇を告げたり礼を述べたりしはじめた。主人夫妻はまたしても、一同に泊っていって貰えないことを詫びはじめた。
「じつにはやなんとも喜ばしいことですわい、皆さん!」と将軍は、しきりにお愛想を振りまいたが、しかも今度は本心からだった(多分それは、客を迎える時よりも送り出す時のほうが、遙かに真心のこもった親切な態度になるという、人間の通有性にもとづくものだろう)。「じつに喜ばしいことですわい! お帰りにも、どうか立寄って下さい! 他人行儀は抜きにしてな! おや、どこへ行かれるな? 上の道を行くおつもりかな? それはいかん、庭を抜けて行き給え、下の道をな――そのほうが近道ですわい。」
 将校連は庭へ出た。明々とした光や騒音に馴れたあとなので、彼らにはその庭が一しお暗く静かなように思われた。木戸のところまでは一同黙々として歩を運んだ。みんなほろ酔い機嫌で、浮々して、満足しきった気分だったものの、暗がりと静けさのおかげで、その暫しの間ちょいと瞑想に引入れられたのである。おそらくその一人一人の脳裡には、リャボ
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