退役軍人だという或る地主の伯爵から、お茶に招かれたことがある。客あしらいのいい親身のこもった伯爵は、下へも置かず彼ら一同をもてなして、たらふく飲み食いさせたばかりか、村の宿舎へは帰さずに、とうとうひきとめてその邸に泊らせてしまった。勿論それはいちいち結構ずくめの話で、それ以上慾を言うには当らないけれど、ただ迷惑至極だったのは、この退役軍人が青年将校を見て方図もなく喜んでしまったことである。彼は夜が白々と明けかかるまで将校連を相手に楽しかった自分の過去のエピソードを話してきかせたり、部屋から部屋へ案内して※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]ったり、高価な絵画や古い版画、珍しい武器などを次つぎに披露したり、高位高官の人々の直筆の手紙を読んで聴かせたりしてくれたものだが、一方へとへとに草疲《くたび》れきってしまった将校連はどうかというと、かつは謹聴しかつは拝観しながら、寝床こいしさに矢も楯もたまらず、こっそり袖口であくびをかくすという惨状だった。やっと彼らを放免してくれた頃には、時すでに寝るには遅かった。
 今度のフォン=ラッベクもそんな人物じゃないだろうか? いや、そんな人物であろう
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