やくように『まあやっとね!』と言ったかと思うと、二本の柔らかな、いい匂いのする、紛うかたなき女性の腕が、彼の頸へ巻きついて来て、彼の頬へあたたかい頬がひたりとばかり押しつけられたその途端に、接吻の音がちゅと響いた。がその時早くその時遅く、接吻した女は微かな叫び声を立てて、リャボーヴィチの受けた感じでいうと、さも厭らしそうに彼からぱっと飛びのいた。彼のほうでもあやうく声を立てそうになって、そのまま例のきららかな扉口の隙間めがけて突進した。……
 彼がもとの広間へ戻って来たとき、彼の心臓はどきどきいっていたし、手は手で人目につくほどひどく顫えていたので、彼は大急ぎで両手を背中へかくしてしまった。初めのうち彼は、自分が今しがた女に抱きつかれて接吻されたという事実を満座の人びとがちゃんと知っているような気がして、羞恥と恐怖の念に苦しめられ、小さくなっておどおどとあたりを見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]してばかりいたが、やがて広間の人々が相も変らず暢気至極に踊ったり、喋ったりしている様子を見とどけると、彼はやっと安心がいって、今夜はじめて味わった感覚、生れ落ちてこの方ついぞ一度も経験
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