たので、ちらりと横目で窓の方を見たり、にやりと一人笑いをしてみたり、婦人連の動作を眼で追いはじめたりなどしながら、早くも心機朦朧となって、いやいやこの薔薇やポプラや紫|丁香花《はしどい》の匂いは庭から漂って来るのではない、ほかならぬあの婦人連の顔《かんばせ》や衣裳から発するのだと、そんな風に思いなされるのだった。
 ラッベクの息子は、ある痩せほそった娘をさそって、彼女を相手に二まわり踊った。ロブィトコは寄木細工の床《ゆか》のうえを滑るように、藤色の令嬢のところへ急いで行って、彼女と組んでさっとばかり、広間せましと舞い立った。舞踏がはじまったのである。……リャボーヴィチは扉口のそばの踊らない人々の中にまじって、この光景を見守っていた。生れ落ちて彼はついぞ一度も踊ったことがなく、従って、生涯にまだ一度として、深窓の女性の優腰《やさごし》をかい抱くような機会に恵まれなかった。男子が衆人環視のなかで一面識もない少女の腰へ手を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]したり、相手の片手を休ませるため自分の肩を差出したりする有様を見ると、彼にはそれがひどく好もしいものに思えるのだったが、さりとてそ
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