仕合せ」って、からかうんですよ。……
ロパーヒン (きき耳を立てて)さあ、こんどこそお着きらしいぞ……
ドゥニャーシャ お着き! どうしたんでしょう、あたし……からだじゅう、つめたくなったわ。
ロパーヒン ほんとにお着きだ。出迎えに行こう。おれの顔がおわかりかなあ? なにせ五年ぶりだから。
ドゥニャーシャ (わくわくして)あたし倒れそうだわ。……ああ、倒れそうだ!
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二台の馬車が表口へ乗りつける音。ロパーヒンとドゥニャーシャは急いで出て行く。舞台空虚。つづく部屋部屋で、ざわめきがはじまる。ラネーフスカヤ夫人を停車場まで迎えに行った老僕《ろうぼく》フィールスが、杖《つえ》にすがりながら、あたふたと舞台をよこぎる。古めかしいお仕着せに、丈の高い帽子をかぶり、何やら独りごとを言っているが、一言も聞きとれない。舞台うらのざわめきは、ますます高まる。「さあ、こっちから行きましょうよ……」という声。ラネーフスカヤ夫人、アーニャ、鎖につないだ小犬を連れたシャルロッタ、以上みな旅行服で、――それから外套《がいとう》にプラトークすがたのワーリャ、ガーエフ、ピーシチク、ロパーヒン、包みとパラソルを持ったドゥニャーシャ、いろんな荷物をかかえた召使たち――みなみな部屋に通りかかる。
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アーニャ ここを通って行きましょうよ。ねえママ、この部屋なんだか覚えてらっしゃる?
ラネーフスカヤ (嬉《うれ》しそうに、なみだ声で)子供部屋!
ワーリャ なんて寒いんだろう、手がかじかんでしまったわ。(ラネーフスカヤに)あなたのお部屋は、白いほうもスミレ色のほうも、ちゃんと元のままですわ、お母さま。
ラネーフスカヤ 子供部屋、なつかしい、きれいなお部屋……。わたし子供のころ、ここで寝たのよ。……(泣く)今でもわたし、まるで子供みたいだわ。……(兄とワーリャに、それからまた兄にキスする)ワーリャはちっとも変らないのね、相変らず尼さんみたいね。ドゥニャーシャも、わかりましたよ。……(ドゥニャーシャにキスする)
ガーエフ 汽車は二時間もおくれた。え、どうだい? なんてざまだろう?
シャルロッタ (ピーシチクに)わたしの犬は、クルミも食べるのよ。
ピーシチク (呆《あき》れ顔で)へえ、こりゃ驚いた!
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