彼女に向かってこれもすべていつかは終末を告げねばならないのだなどとは、とても言えたものではなかった。だいいち彼女は本当にしないだろう。
 彼は彼女のそばへ歩み寄って、その肩先に手をかけた。あやしたり、おどけて見せたりしようと思ったのだが、その時ふと彼は鏡にうつった自分の姿を見た。
 彼の頭はそろそろ白くなりだしていた。そしてわれながら不思議なくらい、彼はこの二、三年のうちにひどく老《ふ》け、ひどく風采が落ちていた。いま彼が両手を置いている肩は温かくて、わなわなと顫えていた。彼はこの生命にふと同情を催した――それはまだこんなに温かく美しい、けれどやがて彼の生命と同じく色あせ凋《しぼ》みはじめるのも、恐らくそう遠いことではあるまい。どこがよくって彼女はこれほどに彼を慕ってくれるのだろう? 彼はいつも女の眼に正体とはちがった姿に映って来た。どの女も実際の彼を愛してくれたのではなくて、自分たちが想像で作りあげた男、めいめいその生涯に熱烈に探し求めていた何か別の男を愛していたのだった。そして、やがて自分の思い違いに気づいてからも、やっぱり元通りに愛してくれた。そしてどの女にせよ、彼と結ばれて幸福
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