を、一刻も早く断ち切ってやろうと、みんなでわざわざ申し合わせたかのようだった。で、一人ぽつねんとプラットフォームに居残って、はるかの闇に見入りながら、グーロフはまるでたったいま目が覚めたような気持で、蟋蟀《こおろぎ》の鳴き声や電線の唸りに耳をすましていた。そして心の中でこんなことを思うのだった――自分の生涯には現にまた一つ、波瀾《はらん》とかエピソードとかいったものがあったけれど、それもやっぱりもう済んでしまって、今では思い出が残っているのだ……。彼は感動して、もの侘《わび》しく、かるい悔恨をおぼえるのだった。思えばあの二度ともう逢う折りもない若い女性も、自分と一緒にいるあいだ幸福とは言えなかったではないか。愛想よくもしてやったし、親身にいたわってやりもしたけれど、それにしてもあの女に対するこっちの態度や、ことばの調子や、可愛がりようの中にはやっぱり、まんまと幸運を手に入れた男の、それも相手より二倍ちかくも年上の男のかるい嘲笑《あざわら》いや、がさつな思い上がりが、影のように透けて見えるのをどうしようもなかったのだ。彼女はいつも彼のことを、親切な、世の常ならぬ、高尚な人と呼んでいた。し
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