オレアンダで二人は、教会からほど遠からぬベンチに腰かけて、海を見おろしながら黙っていた。ヤールタは朝霧をとおして微《かす》かに見え、山々の頂きには白い雲がかかってじっと動かない。木々の葉はそよりともせず、朝蝉《あさぜみ》が鳴いていて、はるか下の方から聞こえてくる海の単調な鈍いざわめきが、われわれ人間の行手に待ち受けている安息、永遠の眠りを物語るのだった。はるか下のそのざわめきは、まだここにヤールタもオレアンダも無かった昔にも鳴り、今も鳴り、そしてわれわれの亡い後にも、やはり同じく無関心な鈍いざわめきを続けるのであろう。そしてこの今も昔も変わらぬ響き、われわれ誰彼の生き死には何の関心もないような響きの中に、ひょっとしたらわれわれの永遠の救いのしるし、地上の生活の絶え間ない推移のしるし、完成への不断の歩みのしるしが、ひそみ隠れているのかも知れない。明け方の光のなかでとても美しく見える若い女性と並んで腰をかけ、海や山や雲やひろびろとした大空やの、夢幻のようなたたずまいを眺めているうちに、いつか気持も安らかに恍惚《うっとり》となったグーロフは、こんなことを心に思うのだった――よくよく考えて
前へ 次へ
全43ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
チェーホフ アントン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング