る》し下さいまし!」と言った彼女の眼は、涙でいっぱいになった。「ほんとに怖《おそ》ろしいことですわ」
「まるで言いわけでもしているみたいだなあ」
「なんでわたしに言いわけなんぞができましょう? 私はわるい卑《いや》しい女ですもの。自分を蔑《さげす》みこそすれ、言いわけしようなんて考えても見ませんわ。わたしは良人をだましたのじゃなくって、この自分をだましたのです。それも今に始まったことじゃなくって、もうずっと前からのことなんです。わたしの良人は、そりゃ正直でいい人間かも知れません。けれど、あの人と来たらまったくの従僕なんですの! わたくし、あの人がお役所でどんな仕事をしているか、どんな勤めぶりをしているかは存じません。ただあの人が従僕根性なことだけは知っていますわ。わたしがあの人のところへ嫁いだのは二十《はたち》の年でした。わたしは好奇心でもって苦しいほどいっぱいで、何かましなことがしたくてなりませんでした。だって御覧、もっと別の生活があるじゃないか――って、わたしは自分に言い言いしました。面白可笑しい暮しがしたかったの! 生きて生きて生き抜きたかったの……。わたしは好奇心で胸が燃えるようでしたの……こんな気持はあなたには分かっていただけますまいけれど、本当に私はもう自分で自分の治まりがつかなくなって、頭がどうかしてしまって、なんとしても抑えようがなくなってしまったの。そこで良人には病気だと言って、ここへやって参りましたの。……ここへ来ても、まるで酔いどれみたいに、気違いみたいに、ふらふら歩きまわってばかりいて……挙句《あげく》の果てにはこの通り、誰に蔑まれても文句のない、下等なやくざ女に成りさがってしまったの」
グーロフはもう聴いているのがやりきれなかった。そのあどけない調子といい、いかにも突拍子もない場ちがいな懺悔沙汰《ざんげざた》といい、彼を苛《いら》だたせる種《たね》だった。もし彼女の眼に涙が浮かんでいなかったら、冗談かお芝居でもしていると思えただろう。
「僕には分からんなあ」と彼は小声でいった。「だからつまりどうしろって言うのさ?」
彼女は顔を彼の胸もとにかくして、ぴったりと寄り添った。
「信じて、わたしを信じて、後生ですから……」と彼女はかき口説くのだった。「わたしは正しい清らかな生活が好きなの。道にはずれたことは大きらいなの。いま自分のしていることが
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