変に気どった、ヒステリックなものであるくせに、さもさもこれは色恋などといった沙汰《さた》ではない、何かもっと意味深長なことなのですよと言わんばかりの顔をする連中もある。それからまた、非常な美人で、冷やかでいながら、時としてその面上に、人生の与え得るかぎりを超えてもっとたくさん取りたい、引っつかみたいといった片意地な欲望が、そういった貪婪《どんらん》きわまる表情が、さっと閃《ひら》めく二、三の女。これはもう若盛りを過ぎた、むら気で無分別で権柄《けんぺい》がましい、いささか智慧《ちえ》の足りない連中で、グーロフは恋が冷《さ》めだすにつれて相手の美しさがかえって鼻について厭《いや》でならず、そうなるとその肌着のレース飾りまでがなんだか鱗《うろこ》みたいな気がするのだった。
ところが今度は、いつまで待っても依然として、初心《うぶ》な若さにつきものの遠慮がちな角《かく》ばった様子やぎごちのない気持が取れず、こっちから見ていると、まるで誰かに突然|扉《ドア》をノックされでもしたような当惑といった感じであった。アンナ・セルゲーヴナ、つまりこの『犬を連れた奥さん』は、もちあがった事に対して何かしら特別な、ひどく深刻な、――打ち見たところまるでわが身の堕落にでも対するような態度をとっていて、それがいかにも奇態で場ちがいだった。彼女はがっかり気落ちのした凋《しお》れた顔つきになって、顔の両側には長い髪の毛が悲しげに垂れさがって、鬱々《うつうつ》とした姿勢で思い沈んでいるところは、昔の画《え》にある*罪の女にそっくりだった。
「いけませんわ」と彼女は言った。「今じゃあなたが一番わたしを尊敬して下さらない方《かた》ですわ」
部屋のテーブルのうえに西瓜《すいか》があった。グーロフは一きれ切って、ゆっくりと食べはじめた。沈黙のうちに少なくも半時間は過ぎた。
アンナ・セルゲーヴナの様子は見る眼もいじらしく、その身からは、しつけのいい純真な世慣れない女性の清らかさが息吹《いぶ》いていた。蝋燭《ろうそく》がたった一本テーブルのうえに燃えて、おぼろげに彼女の顔を照らしているだけだったが、その気持の引き立たないことは見てとれた。
「君を尊敬しなくなるなんて、そんな真似《まね》がどうして僕にできるだろう?」とグーロフは聞き返した。「君は自分が何を言ってるのか自分でも分からないのさ」
「神様、お赦《ゆ
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