それは要するに、退屈なだけですからねえ!」
 すると彼女は、びっくりしたような眼でおどおどと彼を見て、こう聞き返す。――
「ヴォローヂチカ、じゃああたし何の話をすればいいのよ※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」
 そして彼女は眼に涙をうかべて彼に抱きついて、後生だから怒らないでねと頼む――といった調子で二人は幸福だった。
 だがしかし、この幸福もほんのわずかの間だった。獣医が連隊について行ってしまった、それも永久に行ってしまった。というのはその連隊がどこかとても遠いところへ、もう一あしでシベリヤというところへ移されたからである。でオーレンカは一人ぼっちになってしまった。
 今度こそもう彼女はまったくの一人ぼっちだった。父親はとうの昔に亡くなり、例の肱掛椅子は屋根裏に転がっていて、埃《ほこり》まみれで、脚が一本とれていた。彼女は痩《や》せて器量も落ちたので、往来で行き会う人々ももはや以前のように彼女をしげしげと見たり、にっこり笑いかけたりはしなかった。明らかにもはや盛りの年は過ぎ去って、昔の語り草になってしまい、今やいっこうに勝手の分からない一種べつな生活、いっそかれこれ思ってみない方が
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