むつましさで六年の歳月をおくった。ところがある冬の日のこと、ヴァシーリイ・アンドレーイチは事務所で熱いお茶をがぶがぶ飲んでから、帽子もかぶらず材木の送り出しに表《おもて》へ出て行って、風邪をひきこみ、どっと病《やまい》の床についた。ずいぶんといい先生がたにかかったけれど、病魔にはとうとう打ち克てず、四カ月わずらいとおした挙句に死んでしまった。でオーレンカはまたしても後家さんになった。
「こうしてこのわたしを見棄てていったい誰に頼れと仰しゃるの、ねえあなた?」と、良人の埋葬を済ませてから彼女はおいおい泣くのだった。「あなたに死に別れてこの先どうして生きて行ったらいいの、みじめな不運なこのわたしは? 親切な皆さまがた、このわたしを不憫《ふびん》と思って下さいまし。天にも地にも身寄りのない女を……」
 彼女はずっと黒い服に白い喪章をつけて押し通し、帽子や手袋はもはや生涯身につけぬことにきめ、外へ出るのもごく時たま教会まいりか良人の墓参に行くだけにして、まるで修道尼のように引きこもって暮していた。こうして六カ月たつと、彼女はやっと喪章をはずして、窓の鎧戸《よろいど》もあけはなすようになった。そ
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