みなさいまし……」
 そしてまた彼女は相変らず良人の口真似で、いかにも悟り澄ましたような、いかにも思慮ぶかそうな言葉づかいをするのだった。獣医の姿はもう下の扉のそとへ消えてしまったのに、彼女はもう一ぺん彼の名を呼んで、こんなことを言ってきかせた。――
「ねえ、ヴラヂーミル・プラトーヌィチ、あなたは奥さんと仲直りをなさるのがいいですわ。お子さんのためだと思って奥さんを赦《ゆる》してお上げなさいましよ!……坊ちゃんだって案外、もうちゃんと物心がついてらっしゃるかも知れませんもの」
 そしてプストヴァーロフが帰って来ると、彼女はひそひそ声でこの獣医のことや、その不仕合せな家庭生活のことを良人に話してきかせて、二人とも溜息をついたり首を横にふったりしながら、その男の児《こ》はさだめしお父さんを恋しがっていることだろうなどと語り合い、やがて一種奇妙な想念の流れにみちびかれて、二人して聖像の前にかしこまって、地に額《ぬか》ずいて礼拝をしながら、神様どうぞ私どもに子どもをお授けくださいと祈るのだった。
 といったぐあいで、プストヴァーロフ夫婦はひっそりとおとなしく、互いに愛し愛されつつ水ももらさぬ仲
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