ておりましてねえ」と彼女はお得意や知合いの誰彼に話すのだった。「何せあなた、以前わたくしどもでは土地の材木を商《あきな》っておりましたのですけれど、それが当節じゃヴァーシチカが毎とし材木の買い出しにモギリョフ県まで参らなければなりませんの。その運賃がまた大変でしてねえ!」そう言って彼女は、さもぞっとするように両手で頬をおさえて見せるのだった。「その運賃がねえ!」
 彼女は自分がもうずっとずっと前から材木屋をしているような気がし、この世の中で一ばん大切で必要なものは材木のように思えて、桁材だの、丸太だの、板割だの、薄板だの、小割だの、木舞《こまい》だの、台木だの、背板だの……といった言葉の中に、何となく親身なしみじみした響きが聞きとれるのだった。来る夜も来る夜も、眠りに落ちた彼女の夢に現われるのは、厚いまた薄い板材が山のようにいくつも積み上げられたところ、えんえんと涯《はて》しもない荷馬車の列が材木をどこか遠く町の外へ運んでゆくところだった。夢の中にはまた、七寸丸太の長さ三十尺近くもある奴が総立ちで一個連隊ほども旗鼓《きこ》堂々と材木置場へ押し寄せてくる光景、丸太や桁材や背板が互いにぶつ
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