。従つて各人の言葉遣ひは真先に型にはまり、無難でなければならぬと云ふことを考へる――知らず識らずさういふ頭で物を云ふことが心理的に一般日本人を支配してゐると思ひます。
 今度は結果でありますけれども、さう云ふ個人々々の表現の貧しさ、固苦しさ、粗雑さ、さう云ふものが、現代日本の社交なるものを非常に殺風景な、不活溌なものにしてゐる。少し敏感な者は人の前で下手なことを言ふまいと消極的な努力をする。少し神経の太い者は人の前で平気で無軌道な放言をし、一座を白けさせる。これが現代日本の著しい現象だと私は認めます。そこで、普通の社交と云ふものゝ中には月並な挨拶と御座なりが瀰漫してゐるのであります。是が第一の点。
 もう一つは、言葉と云ふものの機能とそれからその言葉の機能の限界とについて一般の認識が足りないことであります。口で喋つたり文字で書いたりしたことを必要以上に重大に考へる癖が今の日本人にはある。これは言葉の力、微妙な作用に対して非常に勘が鈍くなつてゐる証拠であります。つまり「かう云ふことをいつた」といふことと「かういふ風に言つた」と云ふことの違ひがはつきりしない。これはまた現代の日本人が過去か
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