学を愛さないものにとつて、文学といふものは存在しない。従つて、文学を愛することが、つまり文士なのだ。君の批評は、あれは、愚劣なき[#「き」に傍点]弁だ!……
 彼は、コーヒーの問題に触れることを避けた。コーヒーなんか、文学の前では、取るに足らぬ「小事」である……

 田巻安里は、次第にコーヒーを飲まなくなつた。彼は、しみじみコーヒーが飲みたいと思ふ時でも人前ではコーヒーを飲まないやうにした。
 ――この頃、コーヒー飲まないのか?
 ――うん、あんまり飲みたくなくなつた。
 ――その調子で、文学も嫌ひになるといゝんだ。
 ――待つてくれ。おれが文学の好きなことだけは信じてもらひたい。いや、君たちに信じてもらはなくつてもいゝ。おれはおれだけで好きならいゝんだ。おれには、君たちの真似はできない。おれの眼から見ると、君たちは、文学を愛してゐるとはいへない。文学をもてあそんでゐるのだ。
 彼は涙を流すまいと、鼻のあなをいつぱいにひろげた。

       三

 友人たちは、ひそかに語り合つた。
 ――田巻は、やつぱり、文学が好きなんだよ。「文学を愛すること」を愛するなんて批評は少し酷だ。
 ―
前へ 次へ
全9ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング