学を愛さないものにとつて、文学といふものは存在しない。従つて、文学を愛することが、つまり文士なのだ。君の批評は、あれは、愚劣なき[#「き」に傍点]弁だ!……
彼は、コーヒーの問題に触れることを避けた。コーヒーなんか、文学の前では、取るに足らぬ「小事」である……
田巻安里は、次第にコーヒーを飲まなくなつた。彼は、しみじみコーヒーが飲みたいと思ふ時でも人前ではコーヒーを飲まないやうにした。
――この頃、コーヒー飲まないのか?
――うん、あんまり飲みたくなくなつた。
――その調子で、文学も嫌ひになるといゝんだ。
――待つてくれ。おれが文学の好きなことだけは信じてもらひたい。いや、君たちに信じてもらはなくつてもいゝ。おれはおれだけで好きならいゝんだ。おれには、君たちの真似はできない。おれの眼から見ると、君たちは、文学を愛してゐるとはいへない。文学をもてあそんでゐるのだ。
彼は涙を流すまいと、鼻のあなをいつぱいにひろげた。
三
友人たちは、ひそかに語り合つた。
――田巻は、やつぱり、文学が好きなんだよ。「文学を愛すること」を愛するなんて批評は少し酷だ。
―
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