とは考へられない。おれの主義と、おれの文学とは、所せん同じものだ。おれの文学は、この主義によらなければ完全な成長は遂げ得られないし、この主義を押し通す上から、おれは文学以外に道はないのだ。
――それはわかつてゐる。しかし、君のじゆん[#「じゆん」に傍点]奉してゐる主義は、君一人の都合を考へてはくれないぞ。
――おれは自分一人のために文学をやつてゐるんではない。
――それもよからう。しかし、君の文学が、それほど、君の主義のために必要だと思ふか?
――さういふ疑ひを起すことが既におれたちの主義に反してゐるんだ。
――さうか。
田巻安里は、この時この友人から奇怪な皮肉を浴せかけられた。
――「田巻のコーヒー的文学」といふ言葉が友人間を風び[#「び」に傍点]した。
この友人に従へば、田巻安里は文学そのものを愛する以上に、「文学を愛すること」を愛し、引いて文学を愛する自分自身を慈しむのあまり、文学の本体を見失はうとしてゐるといふのである。
この皮肉は、たしかに、田巻安里をらうばい[#「らうばい」に傍点]させた。彼は、一晩寝ずに頭をひねつた後、その友人に手紙を書いた。
――文
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