も似合はしいと思つてゐた。
一方、彼のコーヒー惑溺は、いさゝか「通」の領域に踏み込んでゐた。彼は東京では、どこ/\のコーヒーが一寸飲めるといひ、自ら書斎の一隅にコーヒーひきとフイルトレの道具を用意し、「これはこの間フランスから取寄せたコルスレだ」などと、不眠症の客をへき[#「へき」に傍点]易させる奇癖をもつてゐた。ある友人が、試みに、「君は、小石川のどこそこに、近頃出来たカフエー・ド・レトワルつていふのを知つてるか。コーヒーはとても自慢ださうだ」といへば、彼はすかさず、「うん、あれや、大したもんぢやない。第一あんな熱いのを、そのままだすつていふ法はない」とこきおろした。ところがそんなカフエーは、その友人も聞いたことがなかつたのである。
しかしながら、彼田巻安里は、決してコーヒーばかりを好んではゐなかつた。彼はまた、文学を愛してゐた。彼は、泰西の近代文学史に通じ、現代日本の文壇を軽べつし、しかも軽べつしつゝ、その文壇の情勢に明るく、月々の雑誌に発表される数多くの作品を読み、二三、大家の門をたゝき、若干の新進作家と交遊関係を結び、もちろん、自らも小説と戯曲を書き、同志を語らつてパンフレ
前へ
次へ
全9ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング