な顔を見せなかつたら、この人生は、いかに住みよき人生となるであらう。
 なに、それは誤魔化しだ。あゝ君は遂に人間を侮辱した。誤魔化しとはなんだ。失敬な。君の此の世の中で、どんなに下らないことが重大さうな顔をしてゐるかを知らないか。君自身が、いくど、屁の如きことを真面目な問題の如く人に語り伝へたか。事機微に触れるから、それは云ふまい。が、君よ、聴け。君は、白を黒く見せかけることは誤魔化しと云はず、黒を白く見せかけることのみを誤魔化しと云ふのだな。
 それなら云つてやる。おれは誤魔化されたいんだ。おれはおれを気持よく誤魔化すやつに感謝する。どうだ、おれの頭も殴れ。そしておれを笑はして見ろ。うむ、殴りやがつたな畜生、くそ痛くもねえ。ワツハツハツハツハツ。
 元来そこいらの人間は「大きさ」とか「偉大さ」とかいふことを変に履違へてゐる。この事は、或訳書の序文にも書いたが、「偉大さ」を有がたがるのはいゝとして「偉大さ」の迷信は始末がわるい。
 一篇のソンネを書く詩人よりも十巻続きの小説を書く小説家が「えらさう」に見え、蚤の研究よりも象の研究の方が「大事業」に思はれ、同じ医者でも小児科と云へば何とな
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