どきよ。見てないでいゝから、お前あつちを向いといで!(しやがんで清水に口を当てる真似《まね》)
男優E  (首だけをそつちに向け)思ひがけない天女の口づけ、森の泉は……。
女優A′[#「A′」は縦中横]  (急に顔を上げたかと思ふと、口に含んだ水を、いきなり男優Eの面上に吹きかける)
男優E  (平然として)待てば海路の日和、旱天の驟雨《にはかあめ》、情《なさ》けは人の為めならず……。

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男優A、手を打つ。
女優A′[#「A′」は縦中横]と男優Eとは、笑ひながら握手。
[#ここで字下げ終わり]

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男優A  大分苦しかつたな。これから、今日の成績について、合評会をやる。その前に、われわれ俳優が、第一に考へなければならないことがあるから、それを云つておきたいと思ふ。抑も俳優は、脚本の奴隷であつてはならん。これは勿論であるが、そのことを弁へながら、往々にして、われわれは、脚本作者の与へるものに信頼しすぎ、これの助けなしには芝居が打てぬと考へてゐる。イプセン、チェエホフの天才は暫く問題外とする。当今われわれの周囲に、どれほど
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