なかなかだ……。ちつとも苦しくはないよ。煙にさつと包まれたら、それでもういゝんだ。からだが、ふはりと、宙に浮くだけだ……。
二葉  もうぢきでせう……。あゝ、あたし、いゝ気持だわ……なんだか、楽しみだわ……どんなところへ行くんでせう……。
州太  ……。
二葉  ねえ、返事をして頂戴よ。黙つてちやいやだわ……一人ぽつちみたいで……。
州太  (声が出ない。もう断崖の頂に来てゐる)
二葉  どうしたの、え、お父さん……どうして停つてるの……。震へちや駄目よ……。
州太  顫えてなんかゐないさ。わしも歩きにくいだけだ。
二葉  硫黄の臭ひね。息がつまりさうだわ。
州太  (決然と)さ、いゝか……。そらツ……(グイと、娘の背を抱へた腕に力をいれ、共々、前に躍り出ようとする)
二葉  (この瞬間、ぱつと眼を見開くと同時に、狂ほしく)ちよつと、待つて……(かう叫んで、側らの岩にしがみつく)
州太  (娘の手を握つたまゝ、励ますやうに)どうした!

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長い、息づまるやうな沈黙。

やがて二葉は、岩から、ぢりぢりとからだを離し、こんどは、父の手を振り放すやうに、自分で、噴火口め
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