た。だが、お前にも、わしにも、あゝいふ事件が起つた後で、この思ひ立ちは少し不自然すぎた。おとねが、よく黙つてわしたちを出したもんだ。なあ、お前は、さう思はんか。
二葉 人からみれば不自然でも、あたしたちには、それが自然ならいゝぢやないの。悲しみや、不愉快を紛らす方法は、人によつて違ふんだわ。もう、そんな話、よしませうよ。折角、あたし、忘れてたのに……。
州太 わしも、早く忘れたい。出来ることなら、永久に忘れてしまひたい。今更、愚痴も可笑しいが、わしは、自分の最後の事業が、脆くも失敗に帰したことを、お前にだけは隠しておきたかつた。隠しおほすために、あらゆる苦心をしたんだ。それが、あさましい今日の結果だ。わしは、もう起ち上る勇気がない。いや、勇気はあつても、力がないのだ。これは、五十年間生きて来た男の、自分を識りぬいた揚句の声だ。誰が何んと云はうと、わしの精根は尽き果てゝゐる。神が若し、これ以上この男に寿命を与へるなら、その神こそ、無慈悲な悪戯者だ……。
二葉 いやだわ、そんなこと云つちや……。(間)さうよ、お父さんが、あたしの眼を、明るい方にばかり向けさせようとして下すつた、そのお
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