、小諸へ帰るわ。
新井  そいつも、嘘らしいな。
とね  見てればわかるわ。また芸者になるのよ。
新井  先生と別れてかね。
とね  むろんよ。さうしたら、あんた、遊びに来てくれるわね。
新井  どういふもんかな、そいつは……。
とね  どうもかうもないさ。さうなれや、あたしは、誰のもんでもないんだから……。
新井  第一、そんな余裕はないですよ。月二十円の小遣を貰つてるんぢや……。
とね  そこは、あたしがうまくやつたげるわよ。知らない仲ぢやなし、安心してらつしやいよ。
新井  だけど、その話は、まだ早いや……。
とね  夜露がひどいから、家ん中へはひりませうよ……。
新井  ほんとに、大丈夫なんだらうな、先生たちは……。
とね  まだ、そんなこと考へてんの。御覧よ、今頃は、二人で、六里ヶ原の月でも見ながら、いゝ気持で歌を唱つてるから……。(さういひながら、奥に姿を消す)

[#ここから5字下げ]
新井は、一つ時、思案に暮れて外に立つてゐるが、遂に、ふらふらと中へはひつて行く。
舞台しばらく空虚。
そのうちに、部屋の奥で、穏かであるが、何か云ひ争ふ声が聞え、やがて、新井が、扉を開けて
前へ 次へ
全75ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング