泥靴のまんま上るところぢやないの。ちよつと、遠慮してみたゞけよ。それはさうと、お手紙が来たでせう。
二葉 えゝ。
則子 配達にさう云つといたのよ、こつちへイの一番に廻るやうにつて……。何時もより早かつたでせう。(間)あなたが待つてらつしやる手紙、あたしにちやんとわかるのよ。
二葉 感心ね。
則子 郵便局をやつてるから云ふわけぢやないけど、あたし、筆無精ぐらゐ癪にさわるもんないわ。青木利元さんも筆無精ね。
二葉 その話なら、もうよして頂戴よ。
則子 だつて、あたしも、手紙が来ないつていふことぢや、あなたとおんなじ苦労をしたことがあるのよ。
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奥から、蓄音機の感傷的な曲が聞えて来る。多分、新井がかけてゐるのだらう。
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則子 それが、ちよつと説明しないとわからないのよ。あたしの夫つていふのは、お話したかも知れないけど、ある製薬会社に勤めてゐた人なの、よくつて……。そこで、いよいよ赤ん坊ができたわけよ……。(間)すると、あたしにかういふの――自分の手許で産をさせるのは気がかりだから、一
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