下げ]
州太の姿が消える。
二葉は、そのまゝそこに腰をおろしてしまふ。今迄の晴れやかな瞳に、なんとなく憂鬱な色が浮ぶ。
鶯が啼いてゐる。
葱を入れた笊を持つて、とねが降りて来る。
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二葉  早くお起ししてすみません。
とね  とんでもない。今朝は、どうしてだか寝坊をしちまつて……。何時も、今頃は、とつくに朝御飯がすんでるんですよ。
二葉  (皮肉でなく)それぢや、お寝坊をさしてすみません。
とね  (笑ひながら)あらまあ、こんだ、どう云つたらいゝんでせう。こゝは、水が不自由でしてね。(葱を洗ひはじめる)一日に何度も、下へ降りて来なくつちやならないことがあるんですよ。早く水道が引けるといゝんですけどね。
二葉  明日から、お勝手のお手伝ひをしますわ。今日一日、休暇を頂戴ね。
とね  休暇……? あゝ、お休みですか。えゝえゝ、いくらでもあげますとも……。今迄、水仕事なんかなすつたことはないんでせう。
二葉  どういたしまして……。父と二人つきりの時は、なんでもやりましたわ。胡瓜もみ[#「もみ」に傍点]なんかさせて御覧な
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