さないだけだ。
二葉 ほんとによかつたわね。かういふことが、何時かなくつちや嘘だわ。あたし、自分だけが幸福なんぢやないかと思つて、こゝへ来るまで、随分気が気ぢやなかつたのよ。こんな淋しい山の奥で、お父さんが汗だらけになつて働いてらつしやるんだと思ふと、それだけで涙が出さうだつたわ。しばらくでもお側にゐて、できるだけお手伝したり、元気をつけてあげたりしようと思つて来たの。
州太 それや無論、お前が側にゐてくれゝば、お父さんも元気が出るさ。
二葉 でも、あたし、ほんたうは、そんな孝行娘の真似なんかしなくつてすめば、その方がありがたいわ。自分だけで、空想を楽しんだり、お父さんを少し怒らしたりする方が好きなんですもの。
州太 お父さんは怒らないよ。
二葉 なにをしても……?
州太 うん。
二葉 なにを云つても……?
州太 うん。
二葉 珍しいお父さんね。
州太 何か云ひたいことがあるんだらう。
二葉 それや、おほありよ。
州太 云つて御覧。(娘の側に近寄り、その顔を見下ろす)
二葉 (無意識に立ち上り、父の視線を避けるやうにして)あのね……あの女の方、どういふ方……?
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