議だよ。
とね  不思議ぢやない、当り前よ。ほかのものなんかゐちや、邪魔になるさ。

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新井  そのほかに、確かに証拠になるやうなものはないんですか。
とね  書置き? そんなもの、ないやうね。探してもみないけど……。
新井  探して御覧なさいよ。いよいよさうときまつたら、僕、後を追つかけてつて、どんなことをしてゞも連れて帰ります。今から、警察や青年団へさう云つてやつても間に合ふからね。
とね  さうして、連れて帰つて来て、どうすんの。
新井  ……。
とね  どうせ死ぬ気でゐるものと、一緒に暮して、どうなるつていふの。馬鹿々々しい。
新井  大将は、そんな気の弱い人かなあ。
とね  娘のために、気が弱くなつてるのよ。今日来た男が帰る時だつて、なんのために駅まで送つてくの? 本当なら、挨拶だつてする必要ないんだわ。それに、どうでせう、あのお愛想のいゝことは……。あゝいふところをみると、可哀さうにもなるけど……。
新井  それやどういふ話なんです。お嬢さんのお婿さんになる人でせう。
とね  その話が駄目になつたのよ。
新井  へえ。
とね  あゝ見えて、二葉つていふ娘も、なかなか、初心ぢやないんだから……。
新井  東京にゐればさうなるでせう。郵便局の出戻りさんだつて、実に、人を喰つてるからなあ。でも、うちのお嬢さんは、あれとはまた違ふでせう。
とね  しつかりはしてゝよ。可愛いゝところもあるわよ。
新井  僕はずつと好きだなあ(舌を出す)
とね  早く行つて、助けて来るといゝわ。今なら、物になるかも知れないわよ。
新井  戯談は兎に角、僕、ほんとに行つて来ますよ。だけど、証拠でもないと、大将にどやしつけられさうだなあ。
とね  それやさうよ。だから、あんた、探して来て御覧よ。書置なら、大概、人の目につくところに置いたるから。
新井  呆れたなあ、こいつあ……。あんた、人を舁いでるんぢやないですか。
とね  さう思ふなら、それでもいゝわよ。あたしや、なんにも、あんたに頼んでるわけぢやないんだから……。
新井  兎に角、あんたは、心配なんですか、心配ぢやないんですか。
とね  あたしが……?
新井  たしかにさういふ気がするんですか、しないんですか。
とね  さういふ気が
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