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二葉  (努めて平気を装ひながら)お父さん、あのね、青木さんは、この次の上りで、帰るんですつて……。
州太  ……(二葉の顔を見ない)
二葉  (新井に)だから、自動車をね……もう、すぐでもいゝわ……。
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     四ノ一

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小舎の入口――「一」と同じ場面。
その日の真夜中。
テラスの上で、とねと新井とが話をしてゐる。
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新井  僕、やつぱり行つてみよう。なんだか気がかりだ。わからないやうに、後をつけて行けばいゝでせう。

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とね  そんなことしたつておんなじよ、あたし、はじめつから、はゝあと思つたんだけれど、わざと止めなかつたのよ。一旦、さういふ気を起したら、何時、何処でだつて……。
新井  しかし、無理にでも思ひ止まらせるのがほんとぢやありませんか、こつちでさうと覚つたら……。
とね  駄目よ。あたしには、そんな力ないから……。人が死なうつていふものを、死なせないだけの力は、どう考へたつて、あたしなんかにない……。お芝居のやうに、泣いてみせるなら格別だけど……。
新井  しかし、あゝいふもんかなあ。大将は、不断とちつとも変りはなかつたし、お嬢さんは、何時もより快活なくらゐでしたね。
とね  二葉さんに、この決心があつたかどうか知らないけど……。あのお父つゝあんが一緒に死なうつて云へば、多分、その気になるわよ。誘はれるのには、いゝ時なんだもの。
新井  そのうちに浅間へ登るんだつてことは、前からも聞いてたし、そいつばかりは気がつかなかつたな。(間)さうすると、あんたは、もう仕方がないから、ほうつとかうつていふんだね。
とね  ほうつとくもなにも、あたしには、手の出しやうがないぢやないの。そんなことはしないつて云はれゝばそれまでだもの。後からついてつてみたところで、不意に飛び込まれちまへばそれまでだし……。山登りをよさせるつていつたつて、何かうまい口実があつて……? あべこべに、向うが、是非今日でなけれやならないやうなことをいふんだから……。
新井  第一、僕を連れてかないつていふのが、不思議つて云へば不思
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