であります。
 たゞこゝに問題となるのは、一旦「懐疑」の穽に落ち込んだ青年の、理想を見失ひ、「夢」はたゞ「現実」を逃避せんがための「夢」にすぎず、精神の糧はたゞ理論、生活の目標は快適、といふやうな状態にみる例の冷やかな憂欝であります。
 それはまた、「満たされざる」気持にひきずられる自分の姿の惨めさを発見することによつて、やゝもすれば「自己嫌悪」につながるものです。
 嘗て「近代の憂欝」といふ言葉も流行したくらゐ、西洋でも、ハムレット以来、懐疑と魂の漂泊を誇示する青白い憂欝は、詩的で、ちよつと伊達《だて》な、青年好みの時代色でありました。
 これはやがて、「世紀病」とも名づけられたとほり、ヨーロッパ文明の崩壊を予告する徴候の一つとも見るべきもので、文学としてはこの傾向がわが国にも多少伝へられてゐます。
 しかしながら、文学の影響だけが、今日まで、知識層の青年を駆つて懐疑主義に赴かしめたと断ずることはできません。忌憚なく云へば、それは「現実」の在り方、特に政治と教育との大きな責任であります。
「懐疑は知識の母」といふ文句が度々口にされました。それはさうでありませう。しかし、懐疑は人生に必
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