ル》のそばへころがり落ちて来る。
一同はやゝ驚いた風をするが、後は何事もなかつたやうに、夢中で牌をわけはじめる。やがて、帽子をかぶり、鞄をさげた詩人が下りて来て、玄関の方へ行かうとする。
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妻 鳥羽さん、どつかへいらつしやるの。
詩人 えゝ。
妻 いつてらつしやい。
詩人 (急にその方をふり返り)何処へ行くか知つてますか。
妻 お引越になるの?
夫 あ、本当ですか、鳥羽さん、それや残念ですな。
詩人 はゝゝゝ。なる程、引越しとまでは僕も気がつかなかつた。いや、さう仰つしやれば、実はその引越しをするつもりです。鴨子さん、あなたも何か仰つしやい。
鴨子 あら、本当ですの。ぢや御機嫌よう。先生。
詩人 それだけ? よろしい。僕は詩人だ。人がわすれてゐるものを思ひ出しさへすれば、それで役目がすんだのだ。荷物は何《いづ》れ宿がきまり次第とりに来ます。
夫 確かにお預りしておきます。僕たち夫婦で、今度は責任をもちます。
妻 お蒲団の綻びも、それまでに縫つておきますわ。
鴨子 あたしの差上げた栞《しをり》
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