詩人  え?
妻  賛成つて言ひましたわ。
詩人  誰にですか?
夫  僕にです。
詩人  あなたは黙つて……(妻に)誰にです。
妻  あの人に。
詩人  あの人とは誰です。
妻  そこに眼鏡をかけて本を読んでる人よ。
詩人  本を読んでる人、誰です、あれは。
妻  (面白がつて)渋谷八十一よ。
詩人  (しつつこく)渋谷八十一君とは、あなたのなんです。
妻  明後日《あさつて》からまた、あたしの夫になる人よ。
詩人  よろしい、僕の詩、早く読んで見て下さい。何処まで読みました?
妻  おしまひまで読みましたわ。
詩人  おしまひまで……? うそでせう。あなたも読む風をするだけだな。

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この時、玄関の格子を開き「御免下さい」といふ女の声。
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詩人  あ、鴨子《かもこ》嬢だ。僕の天使だ。僕の詩の唯一の読者《フアン》だ。上り給へ。(出て行つて、若い女の手を引張つて来る)
若い女  (手をついて)今晩は……。
妻  (愛想よく)今晩は、ようこそ……。さ、どうぞ、お二階へ。
若い女  あの、けふは奥
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