詩人があらはれる。
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詩人  火種がなくなつちやつた。少し貰つて行きますよ。
妻  そこのを持つてつちやいやですよ。すぐおこるんだから、瓦斯《ガス》でおこしてらつしやい。

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詩人渋々台所へ行く。
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夫  (小説を声高に読みはじめる)「芳町《よしちやう》で幅の利く顔役、弥太《やた》五|郎《らう》源《げん》七が出先から子分に持たせてよこした手紙を見た女房おげんの顔の色がさつと変り……」――それで、今の話しだが、心配なら送り迎へだけしてあげよう。
妻  ずつと門司までよ。
夫  (詩人の方に気を配り、読む)「すぐ近所にゐる主立つた子分数人を呼びよせた」――(妻に)それでもいゝよ。
妻  いつ発《た》ちませう。手紙には、すぐ来いつて書いてあるのよ。(低く)
夫  (読む)「みんな早速来てくれて有難うよ。実は出先から親分がこんなことを云つて来たのだ。さあ見てくれ」――(妻に)明日《あした》でもいゝよ。
妻  着て行く着物は、どれに
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