う、そんなこと。
詩人  故《ことさ》ら相手に苦痛を与へんとする言動を犯したるとき……。
妻  誰が苦痛なの。どつちが苦痛なの。不公平よ、あなたは……。
詩人  審判官には苦情を云ひつこなしにしませう。納まりがつかないから。
妻  黙つてゐる方が得ね。
夫  そりや得だ。
詩人  エヘン。

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勝手口で「今日は……八百屋ですが、何か御用は……」と云ふ声。誰も答へない。また「今日は、八百屋ですが、何か御用は」
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妻  鳥羽さん、あなた要るもんがあつたら、註文して頂戴。
詩人  今日は間にあつてゐます。
夫  晩はいゝですか。
詩人  おい八百屋さん。何か野菜を少し持つて来てくれ。
八百屋の声  野菜は何にいたしませう。
詩人  何でもいゝよ、芋でも大根でも……。
八百屋の声  おいくらばかり……。
詩人  芋を五十銭に、大根を五十銭……。
妻  そんなに持つて来たつて仕様がないわ。
詩人  それぢや、ねえ、芋と大根を両方で五十銭……。
八百屋の声  毎度ありがたう……。
夫  その半分でよかつた
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